東海カウンセリング研究所

企業リスニングセミナー、講演会、カウンセラー派遣などを行います

当研究所について

 
  

〜ようこそ〜



7月から10月半ばまで研修に明け暮れる日々になりそうです。

雨の6月…と言いたいところですが、半月ほどプラハやブダペストなど中欧に行っており、お天気に恵まれて気持ち良く過ごしてきました。

5月18日の今年第1回目のオープン講座は皆様とても良い気付きを持って帰ってくださいました。
とても楽しい楽しい研修になりました。

今年2回目のオープン講座は
【9月7日(水)】です。

定員は20名ほどですが、10名くらいの予約が入っています。
場所は「ウインク愛知」です。

お申し込みは
machi@tokai-cl.j
まで。

楽しい研修になるといいなと思っています。


東海カウンセリング研究所HP
http://www.tokai-cl.jp/

影久 眞智






 

2010年06月13日(日)

グランドキャニオンスカイウォーク [私のつぶやき]

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何気なくテレビを見ていて驚いた。
グランドキャニオンに写真のようなものが2007年に出来ているらしい。

馬蹄形に張り出ている所の床は透明なプラスチック板であり、1200メートル下が丸見えに見える。
下を飛ぶ鳥の背中も見える…。(と思う)

私は明石大橋にある、小さな下が見えるプラスチック板をのぞいただけでもくらくらした。
みんな、プラスチック板を傷つけに様にふわふわの靴を履いて歩くらしい。

私なんてアメリカに行ったら可愛らしいデブになれる。
アメリカの人達、朝青竜や曙みたいな人がいっぱい。
その人たちが歩いてる!!!!!

先住民の人たちの失業率が5割位になることや、一番近い町まで110KMもある所で、グランドキャニオン観光の人もここまでは来ない地域なので、このようなものを作ろう!!と考えた人がいたのだ。
先住民の方達からすれば神聖な所であるので、反対もあったらしい。
伝統と発展のバランスが難しいこともあったようである。

あのようなもろい岩肌で、大丈夫なんだろうか。
いろんな人が英知を集めて大丈夫!!と言うものを作られたとは思うけれど私は、怖い!!

こんな罰ゲームみたいな所、お金払って行く気はない!!と言いながら、きっと行くんだろうな…。



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13年前になるかな、グランドキャニオンに行ったのは。
それまで、写真を見ていると岩肌だけのもののようなのでそう期待はしていなかったが、実際に見た時はものすごく感動をした。
本当にそのスケールの大きさに言葉はない。

アメリカの人に東尋坊なんて案内できないよ!と思ってしまった。(でも東尋坊も好きですよ)

高所恐怖症の私は覗き込むのに腰が引けていたらしく、アメリカ人のおじさんに笑われた。
そして、そのおじさんが教えてくれた。
「あの緑色の川が、コロラド川だよ」って。
英語なんて絶対に話せないと思っていたのに、はっきりと解った。不思議な土地だったな。

壮大な景色の中に包まれて、私は幸せだったな…。
自分の人生、気に入っているなと思えた。
あの壮大な景色に出会うと、自ずと自分を見つめてしまうのかもしれない。

あの後、私は研修の仕事に邁進するようになった。
今では、ヒーヒー言うくらいに忙しくなってきた。

世界のT自動車さんで、メンタルヘルス対策の一環ではあるが、大きなプロジェクトに関わらせていただいている。
日々、部長さん以下管理職である受講生の方としっかりと四つに組んでの大相撲である。
今年で11年目、新任管理職に汲みこんでいただいて9年目。(総人数は管理職だけで7000人〜7500人ぐらいになる)
冥利に尽きると思う。

お〜ぃ!!グランドキャニオン!!
私、生まれてきてよかったよ!!

もう一度、スカイウォークは歩けないにしても、行ってこよう。
もう一度自分を見てこよう。

Posted by 影久眞智 at 2010年06月13日(日) 22時24分 パーマリンク

2010年05月18日(火)

永平寺 [日記]

連休の初めに調停委員仲間4人で永平寺に行ってきた。
名古屋から永平寺は近いので、誰もが行ったことがあり、なかなか実現しなかったのだが、良く一緒に旅行する「山ちゃん」(調停委員で大先輩!!)が、灯台もと暗しで、行ったことがないと分かり行こうと言うことになった。
当然いつも一緒の「梅ちゃん」(この人も大先輩!!)も一緒。

私の車のナビがちょっと認知性になてきてまだらぼけになってきたので、かの「黒いハリアー」で出かけた。
至って方向音痴の私、「木之本」でナビが降りる指示が出ていたので、おかしいな…福井インターで降りればいいとインターネットで見たな…と思いながら降りた。
なんと滋賀県!!
でも高速道路は1000円の日。もう一度乗るのはプライドが許さない。
で、北国街道をグネグネヘアピンカーブを曲がり、山坂超えて、(途中、鯖江の聴琴亭と言うお蕎麦屋さんに寄ったが)永平寺に着いたのは3時半。
あんまり人もいなくて、寂しい雰囲気。
まぁ、お寺の中は適度の人であった。

ところが運がいいのか、4時からの雲水僧たちが並んで読経しながらやってきて、夕刻のお勤めのさまを見ることができた。
何と力強い…。

一生懸命に目的を持って前に進んで行く青年のきれいな事。久しぶりに気持ちのよい思いをした。


画像(150x120)

今の青年たちで夢を持っている人は幸せなのであろう。
この年になってくると、幸せの観点が違ってくる。
半袖のTシャツで、一日暑くもなく寒くもなく過ごせる自由さに幸せ…と感じるし、今は、シロツメクサの白い花と緑の葉っぱのコントラストに、なんとも清々しい幸せを感じたり…。

常々、国民健康保険はなんでこんなに高いのか!!と苦々しく思っているが、健康保険をありがたいと感じるよりは、元気に働けるのだからと思いなおす。

今夜もゆったりとお風呂に入り、米朝の落語を聴きながら明日の研修に備えるか…。

私も、しっかりと大きな目的を持って研修をさせていただいている事、まだまだ前を向いて進んで行ける人生に本当に感謝、感謝!!

今回の永平寺行きも、「方向音痴過ぎて可哀そうな頭の持ち主」だから、何ともえらい目にあったけれど、その代わりをちゃんといただけたから、まぁいいか!!

Posted by 影久眞智 at 2010年05月18日(火) 14時31分 パーマリンク

2010年04月30日(金)

ありがとうの言葉 [活動報告]

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私の研修の真髄にも触れるのだけれど、ねぎらいの言葉、感謝のことば「ありがとう」が、今日は不思議な感じであった。

今日、「親子関係不存在確認」という23条審判事件を調停でしてきた。
要するに離婚後300日以内にできた子どもは離婚前の夫の籍に入ると言うものである。

そうなると困るので、女性が申し立てたものである。
正当な理由があるかどうかは別にして、ここのところこの事件が結構多い。
マスコミでも、この法律がいけないことのように言われているが、法律でこうしたことをやることは一理あると思っている。

離婚前の夫も、自分の子でもない子を自分の籍に入れられては困るので、もちろんはっきりしておかねばならないのだが、妻が離婚以前に他の男性と交渉を持っていたことになるので、何とはなく来られた元夫に気を使ってしまう。

まぁ、合意ができたので一件落着となったのだが、私たち調停委員が元夫である相手方の男性に「ご足労をおかけしました。ありがとうございました」と来て下さったことに対して言葉をかけているのに、元妻は顔も見ず、全くの無視で一言のお礼もなかった。

私たちが、ありがとうとねぎらうのも変である事は否めないが、どちらにも利益があるとはいうものの、ややこしいことをした妻は、やはりひとこと「来てくれてありがとう」を言うべきではないのかな…と思う。

当然、私たちに対しても「ありがとうございました」の言葉はない。
憮然としているだけである。

事件の性格上、色々と立ち入ったことを聞かねばならないので、面倒臭いと思っておられるのであろうが、私は「面倒くさいのは家裁のみんなであり、あんたがややこしいことをするなよ!!」と言いたいが…な…。(調停委員の風上にも置けない人ですね、私。)

それが言えないほどの辛いこと、怒りがあったことであろうが、私は間違っていると思う。
それが言えないから、辛いことだらけ、怒ることだらけの世の中に住むしかない人生にしてしまっている気がする。

私はやっぱり甘いかな。


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Posted by 影久眞智 at 2010年04月30日(金) 21時08分 パーマリンク

2010年04月18日(日)

勘違い…天災? [私のつぶやき]

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先日、1泊で蓼科に行った。
4人分の予約をしていたので、名古屋から3人、名古屋組の一人のお友達が、東京から一人来られた。

別にあまり人見知りをするほうではないのでそれで良かったのだが、その人のおっしゃることに私は少々カチンと来た。

私は、どこどこのお店を知っているとか、あそこに行ったことがあるとか、それを知っている!!とかを自慢している人を見ていつもさみしく思う。
人って、そんなもので勝ち負けを決めるか?と不思議に思うが女性はこの類が結構多く、知ったかぶりまでして勝とう(?)とする人もいる。

その人もそういう類の人だったのだろうと思うのだが、いつも家を留守にしてどこへでも出かけて行くのが楽しみではなく自慢のような感じである。

それはそれで、人の勝手だから適当に「すごいですねぇ」と言って合わせていたが、内心は「あの類か…」と思っていたのは否めない。


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その人が夜、言い始めた。
この頃地方は、名古屋もそうだけれど、地方らしさがなくなってつまらない。
東京の真似をしたって、どう頑張ったって、東京には勝てないんだから名古屋らしくしておくべきだとおっしゃる。

蓼科へは名古屋組は私の車で私の運転で行った。
わざわざ茅野駅まで行き、彼女を迎えたのだが、東京人は車を持たないでどこへでも行くが、名古屋の人はすぐに車に乗ると、続いた。

このあたりから、「おや?何を言いたいのかな」と私は少々そのデリカシーの無さにざらつきを覚え始めた。

私が思う「あの類」よりもっとひどいぞ…。

何が言いたいのか、つまり、「地方」は地方らしくしておけ、東京はどうあったって一番よ!!と言うことなのだが、何をこの人は勘違いをしているのか…と正直驚いた。
心の底から驚いた。

このようなことを自分の意見として「どう?私、とてもすごい意見を言っているでしょ!!」と言う人のおつむの可愛らしさにも驚いたが、東京に住んでいることだけで優越感を感じておられる(なければならない?)この勘違い!!

その人の生活が全部見えてしまったような悲しさも今なら思える。(仕事上、くさいのである…私)



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大阪人として生まれ育ち、今は名古屋が大好きで住んでいる私は驚いておけばいいものを、少々、カチンと来た。

まぁ、単純に「自分がすごいことを考えている」「すごい難しい意見が言えるんだぞ!」と言うことを言いたかっただけだと思うけれど、「その話は『東京の人同士でするべき話』であり、名古屋の人相手にする話ではない」とは最後に言った。

東京は遊びに行くのは面白いところだと思っている。その方のおっしゃるように高いビルもたくさんあると思うが、では、名古屋はビルも立てずに車に乗らずにみんな歩いて不便な生活を一馬鹿な東京人の優越感を満足させるために強いられねばならないの???

ニューヨークの人が、では東京の人に「どうせニューヨークの真似をしても勝てないんだから、皆さんちょんまげ結ってかごに乗っておられたら良いのに…」と言われたらどんな気がするの?

私が知っている江戸っ子の人はそういう言い方をされる方はいない。
理性の差もあるだろうが、地方から出てきて東京に驚いた分、今はそこに住んでいることで優越感を味わっておられるのかと勝手に想像している。
(本当は、もっと違うものがあるとも感じていますが)

東京へのコンプレックスの裏返しであったら、さみしいな。
自分の出た所は、一番自分にとっていい所ではないのかな。
一番誇らしい土地であるような気がするのだけれどな。

画像(208x69)

私は、大阪人であり、大阪弁を引っ込めないでいる。
人前でしゃべる仕事であり、それも大企業ばかりを顧客として活動しているが、大阪弁で通している。
大阪弁が通じると言うこともあるが、自分の思いを伝える仕事なので、自分の心から湧き出る言葉で話さないと伝わりにくいと感じる。

大阪出身を隠したいと思ったこともない。

名古屋はもちろん京都も軽井沢も神戸もその他の土地もどこもみんないい所だと思える。
そこの土地に合った暮らし方をしておられて、それぞれ工夫があり、違いがあってもそれでいいではないか。
ビルを建てられてもそこの人の勝手だからそれでいいではないか。
大体、比べるという根性が気に入らない!

一人、名古屋に住んでいる大阪人の女性は、私と違って大阪が好きと言う表現が大阪自慢、名古屋蔑視として語られる。
これは大阪人であっても聴きづらい。

私の嫌いな人間関係、上か下かで位置関係を決めて卑屈になったり、偉そうにする人間関係で、ものを見る人は、つまらぬところで負けられないのであろう。
「知らない」と言えない人もそのような気がする。

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大阪人のすごい所と私が思っていて、又好きなところであるが、「何でも茶化してしまうけれど、馬鹿にしない」事が挙げられる。
一生懸命に生真面目にものに取り組まない様に見えることがあっても決して悪い所ではなく、風穴があいている感じがする。
根は、私も含めてめちゃくちゃ真面目であっても、それがその人の特徴には見えない。
他に特徴があるように見えるような所がある。

例えばこの話、大阪人らしいと思っている。

*********************
通天閣は今は2代目であり、最初の通天閣は違う形をしていた。

「一代目は1912年(明治45年)7月にニューヨークのコニー・アイランド遊園地をイメージとした娯楽遊園地「ルナパーク」の門として建設される。東洋一の高さを(75メートル)を誇る鉄塔でパリのエッフェル塔と凱旋門を模した奇抜なデザインの初代通天閣はホワイトタワーとゴンドラで結ばれていた。」

と真面目な表現ではそうなるが、私が想像するときのみんなの会話は、

「同じ作るんでしたら、ごっついもん、作りたいですな」
「そうでんな。パリで凱旋門とかエッフェル塔とかすごい門や塔があって、みんなぞろ見にいくらしいでんな。」
「そうみたいでんな。ほんなら、どうせ作るのなら、凱旋門の上にエッフェル塔を乗せたったらどないでっしゃろ?」
「それ、いいやおまへんか。面白おまんがな。ははは。どう
せ作るんなら、それぐらいのことしたりましょ!!」
「ははは、そうでんな。それにしましょ、どうせやるならドカンと行きまひょ!!」
「ははは。ごっついもん、作ったリまひょ!」
「そうでんな、ははは」
ぐらいの話し合いで決まったと思う。

真似でも、卑屈でも、比べているのでもなく実に朗らかで、『縛りのかかったビビリの小心者』には絶対に真似はできないこの発想!!

誰一人反対したものはいなかったような気がするのも私が大阪人だからか…。

この発想を『大阪人の良さとして大笑い』出来る人と『馬鹿なことをしてとせせら笑う』人と「考えられないと、驚く』人に分かれるかもしれない。

私は、心底、大笑いした。
大好きである、この発想!!

その感覚の私に、「地方」(この言い方も気にくわないのできっちりとしっかり理屈をつけて反論したが)は東京に勝てないから真似するなと言った人は地雷を踏んだような災難だったであろう。

ちょっと今は、大人げなかったと後悔もしているけれど…。

Posted by 影久眞智 at 2010年04月18日(日) 00時31分 パーマリンク

2009年12月01日(火)

北京 [日記]

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紫禁城

北京に行ってきた。

北京に行きたかった理由は二つ。
一つは長男が生まれる前に読んだ瀬戸内晴美の「何処より」の小説に出てくる一節に、きっちりとしたフレーズは忘れてしまったが、長女の理子さんが初めてこの世界を見たのが木の葉の重なりから見える北京の碧い空であったというのを読んだこと。レース越しに見えているようだというような表現があったことを記憶している。
非常に母親の細やかな観察眼と、あふれる初夏の緑の木陰の親子の姿が想像されてとても心に残っていた。

ちなみに長男が初めて見たのは、私の父が「おっ、もう目が見えているぞ!」と言いだしてそばに有ったマッチの箱を振りながら左右に動かし、目玉が動くのを見て「見えている!見えている!」と叫んだので、私の夢ははかなく消えたけれど…。

もうひとつは紫禁城。
これは、ラストエンペラーの映画を見て、是非訪れたいと思っていた。


画像(60x40)

北京の空はこの頃は汚くなっていてめったに青空なんかは見えないらしい。

ところが、私が訪れた時は3日前に雪が降ったとのことで、あちらこちらに雪が残っている寒い寒い日であったが、ガイドさんが「みなさんとってもラッキー!こんなきれいな空はめったいない」と言っておられたが、キーンと冷たい空気の中でさえわたった抜けるような青空であった。

紫禁城も晴れ渡っていたが、寒いことこの上ない。
コウロギがまだいるかしらと、思わず思ってしまった玉座。
龍の彫り物の階段。
ここで溥儀がテニスをしていたなとか、いくら広いとはいえ閉じ込められていた生活はどんなにさみしかっただろうかと思いを馳せた。
駆け足観光なので、珍妃の井戸などは探しようもないけれど…。

まぁ、匂いだけは嗅いできたかな。

直径1.5M位、高さが1Mくらいの大きな金属製の丸いボールのような防火水槽は下に火を焚くところがあり、なるほどな…と感心した。
天壇公園のそれは全部氷の塊になっていた。

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−6度と言うのは、こんな寒さか…と、体験。

万里の長城も寒い寒い中、えっさかほっさかと登ってきた。
空を大きな「公安」と書いたヘリコプターがぶんぶんと飛んでいる。
私も大物だな…。???

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北京にオバマ大統領が来た日、北京にいたのだ。
私たちのバスは一時止められ、しばらくして大量のパトカーが走った後、横の道をあのでっかいオバマさんのリムジンがものすごいスピードで走り去った。
その後もたくさんの車が追尾していた。

ガイドさんに「私、北京でオバマさんと一緒に泊まった!!って自慢できる」と言ったら、ガイドさん「その言い方はちょっと問題がある!!」と大笑いになった。

私たちは八達嶺の万里の長城に行ったが、オバマさんも翌日行ったらしい。
紫禁城も万里の長城も貸切(?)になるので、私たちはラッキーであった。

帰りの飛行場ではエアーフォースワンが大1機、小二機の計3機が駐機してたが、離陸機が混んでいてなかなか飛ばない飛行機の中からいやというほど眺められた。

写真?私、デジカメを忘れて行ったのでないのです…。

画像(46x57)

北京から帰った翌日、美容院に行った。
アメリカのご婦人が入ってこられた。

美容院の女の子たちは大慌てで、遠巻きにしている。
私は「日本語でいいから愛想よく、ちょっと待って下さいねと言ってらっしゃい!」と私の担当の女性を送りだした。
彼女はとってもかわいらしい女性で、素直にニコニコしながら言いに行った。
でもその後、フロントのベルさんが来られるまでどうしようもない。
彼女たちは受付の方に行ってしまって私とそのご婦人の2人になってしまった。

言葉が通じないところで一人きりにほっておかれたら不安だろうなとかお節介の気持ちが出てきて、いろんな思いがぐるぐる回る。

しかたないので時間稼ぎに私が、「どこから来たか?」とか(カリフォルニアらしい)私はサンフランシスコとかロスアンゼルスに10年前に行ったとかをしゃべり、彼女は26日間日本を回っているとかを片言で話していたが、そろそろ言える英語が尽きてきた。

で、北京でオバマ大統領と一緒の日にいたことを思い出し、
「I met オバマ in 北京 yesterday」と言ってしまった。
彼女「It's great!!!」と言った。

そうだな、それが本当であれば、Great!!だな。

ほんとはすごいスピードで走り去った大きなリムジンの車を「saw」しただけだったな…。

Posted by 影久眞智 at 2009年12月01日(火) 17時34分 パーマリンク

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